炭坑夫の末裔たち

かつて炭坑で賑わったまちの日常譚。飽くまでフィクション、です。

高齢者カップル

偽装離婚、偽装母子という言葉がある。事実上は夫婦関係が続いていても離婚届けを出す、あるいはほとんど夫婦同然の暮らしをしていても婚姻届を出さない。要するに、生活保護費を多めに頂戴するための悪知恵である。

 

大村トキさんと浦川氏は、二人とも70歳を超えてから出会った高齢者カップルだ。そして二人とも生活保護を受けている。

実際には二人で浦川氏の家に住んでいるのだが、トキ婆さんも自分で借家を借りていた。普通に考えれば、一緒に住んでいるのなら1部屋分の家賃がもったいないとなる。しかし、こうすることで2世帯分の勘定で生活保護を受け取ることが出来た。トキ婆さんのあばら家の家賃13,000円/月を払っても、なお得なのだ。

社会福祉課のケースワーカーも薄々気づいていて、「一部屋解約して二人で一緒に住んだらどうか?」と何度も勧めている。だが、二人は交際は認めるが一緒に暮らしていることは頑として否定し続けた。

二人とも、若いころを無軌道に過ごしてしまったようで年金は無い。ケースワーカーもこの二人の保護費が食うのにギリギリだということが判っている。若いチンピラヤクザと水商売のネエチャンの不正受給とは違う。冷血に深く追求するようなことはしなかった。

 

小柄なトキ婆さんはいつも絣模様の着物だ。洋装しているのを1度も見たことがない。

真っ白な猫を飼っていた。トキ婆さんは、首輪に白いビニール紐をつなぎ、それを手に持ち、まるで犬にさせるように散歩をさせていた。猫というものは飼い猫であっても勝手に散歩するのだと思っていたが、初めて見る不思議な風景だった。

一時期、うどん屋をやってみたことがある。借家が、もともと一部が店舗として使えるような形になっている建物だった。ちょっと使ってみようと考えたわけだ。近所の知ってる者が食べに行ったりするとサービスしてくれた。ただ、サービスで天ぷらを載せてくれるのはいいが、作り置きのを冷蔵庫から出し、いきなり載せるものだから折角のうどんが冷めてしまうらしい。長続きはしなかった。

近所に、老人相手の催眠商法の店舗が現れたことがあった。卵無料とか食パン無料などで暇で判断力の衰えた老人たちを集め、親切めかした対応で寂しい心を掴み、最後には高額なぼったくり商品を売りつけるアレである。

トキ婆さんも様々な無料品をゲットするためにこのキケンな店に毎日通った。そして、あろうことか何十万円もする布団を月賦で買ってしまったのである。

もちろんトキ婆さんにそんな代金払えるわけがない。月賦が落ちないので、回収の男がやって来る。が、失うものがないトキ婆さんは平然としている。

「わたしゃ、金は全然持っちょらんって言うてるのに、あんたらが、それでもいいからって勝手に布団を持ってきたんじゃろうが?」

最後は男が布団を持って帰って終わった。

 

浦川氏は、自らを漁師と語っていた。が、実際は漁港の雑用係だった。もしかしたら若い時期に漁師の見習いとして船に乗っていたこともあるかもしれないが。

雑用ではバイト代の他に余った魚が貰えた。それを自転車に積んだトロ箱に入れて帰るのが日常だった。浦川氏のトロ箱は、同じものを何年も使い続けていて真っ黒で、それを洗うわけでもなかった。食べ物を入れるには不衛生で、浦川氏の家に近づくとかなり臭いがした。浦川氏からおすそ分けの声を何度か掛けていただいたが、その都度言い訳をして、ついに一度も受け取ったことがない。

 

そんな二人だったが、数年前、浦川氏の借家が老朽化のため取り壊されることになった。近所に新しい家を探したが、身寄りのない高齢者、生活保護、しかも個性的なキャラクターと不利な条件がそろっている。

やっと借りられることになった家は、従来の家から歩くと老人なら30分かかるところだった。時間がかかるだけでなく高齢者には体力的にもキツイ距離だ。トキ婆さんも観念したのか、自分の借りてる家は解約して、新しい借家で一緒に住むことになった。

 

二人の姿はそれ以来、見ていない。