炭坑夫の末裔たち

かつて炭坑で賑わったまちの日常譚。飽くまでフィクション、です。

首長選挙

来月、この自治体の首長選挙が行われる。

当初、どうせ大した対立候補も現れず1期目を任期満了する現職が再選して終わりだと思われていた。元より私も地元政治には関心が薄く、とくにこの選挙は投票に行くこと自体が馬鹿らしかった。

 

しかし、ここに来て俄然、雰囲気が盛り上がってきた。私も行く末に興味が湧いてきた。

昨年、役場を退職したOBが立候補したのだ。

 

思わぬダークホースだった。政治家としての知名度は殆ど無いが、あれよあれよという間に支持が増えていった。

議会や役場職員にはアンチ現職が多い。その上、対立候補は政権与党の推薦を受けている。前首長も応援しているし、後援会長は元炭坑主の血筋を引く地元の名士だ。商工業者も、とくに中堅以上は新人候補を応援しているのではないか?

また、現職とは違って地元出身である点もアピールしている。

 

現職は元県議会議員で、そのころから女性、高齢者の生活をテーマに活動してきた。

もともと東京の出身だが、この町に来て行政サービスの貧弱さに不満を持ち市民運動に関わったのが政治家としてのスタートだ。

首長就任以来、戦前よりずっと続いてきたこの町の雰囲気からの脱却をはかった。

破綻寸前の財政を立て直すために公共事業を大幅に減らした。一方で、昔から自分がテーマとしている、子育て支援や高齢者サービスには力を入れた。

この辺の方針や施策について、私は評価を下すほどの見識を持ち合わせていない。ただ、傍から見た印象としては、パフォーマンス好きな人という印象。また、やることに深みが感じられなかった部分もある。どこかがやった話題の施策をそっくり持ってきたり、受けのよさそうなテーマに表層的に飛びつくタイプかな、と思えた。

また、付き合いにどうも脇が甘いのでは?とも感じられた。この町で暮らしている人間なら知っているインチキ臭い連中や、マルチ紛い、無認可共済ギリギリのヤバイ集まりにも、呼ばれれば簡単に挨拶に出てしまうこともあった。ただ同情するわけではないが、役場内は敵ばかりで支持してくれる仲間が少なかった事情もあるとは思う。

 

それぞれの陣営は、じわりじわりと相手候補に対するネガティブ・キャンペーンをしかけている。

 

数年前、地元T公園内の湖に集う白鳥から鳥インフルエンザウイルスが検出された事件があった。現職はすぐに公園内の野鳥300羽以上を処分することを決定した。私には正しい判断だったと見えたが、新人候補側はこの決断を槍玉に挙げ、「地元民ではないからこその冷酷な行為」と非難する。

また、公共事業の削減により地元建築関係業者の仕事が減り、地元経済に打撃を与えていることを指摘する。

この町にはこの町にあったやり方がある、分かってないやつは引っ込んでろ!というわけだ。

その他に新人候補支持者からは、「現職のヒステリックな性格」、「裏表の激しさ」、「いかに年寄りや女子供は騙されているか」などがよく語られる。

 

対して現職側は、新人候補支持勢力を「既得権益を失いたくない抵抗勢力」、「町に巣食うシロアリ」、「仲良しクラブ」と呼び、新人候補者の器を疑問視する。

 

さて、自分から見える範囲でになるが、現時点では新人が有利のようだ。現職側も危機感を強めている。

私はどちらも応援する気はない。どちらが勝ったとしても、敵陣営への冷や飯待遇が予想される。

 

この選挙、町にとって案外と歴史的なものになるかも?しれない。