炭坑夫の末裔たち

かつて炭坑で賑わったまちの日常譚。飽くまでフィクション、です。

ソネちゃん

3人兄弟の末っ子としてソネちゃんが生まれたのは戦後ベビーブーム時。団塊のど真ん中にあたる。

この炭坑町でも最も数が多い世代だ。

団塊世代をピークとする出生の減少に、この町の衰退が追い重なっている。そのため、日本全体の世代分布と比べてもより極端に団塊世代の割合が高く偏っている。

彼らが子供のころはまだ炭坑があり、活気があった。子供の数も多くて、小学校のマラソン大会の日は地響きが轟き、簡素な炭鉱住宅はガタガタ揺れたそうだ。

 

炭坑が開かれる前、この町は小さな農村だった。石炭が町のメイン産業となってからは農地はどんどん減り続けたが、町の中心部も元は田畑だったのだ。

ソネちゃんの家は昔からの農家で、かなり広い面積の農地を持っていた。

しかし、炭坑の発展につれ宅地・商業地の需要が高くなり、農地をつぶして貸すようになる。そんなわけで、ソネちゃんの家はかなりの貸地をもつ資産家だったのだ。働かなくても充分食べていけるし、実際ソネちゃんはそうやって人生のほとんどを過ごしてきた。

 

子供のころからソネちゃんは体が小さいほうだった。頭には10円ハゲがいくつもあった。甘やかされて育ったためか学校でもあまり努力するタイプではなかった上に、努力なしに優秀でいられるほどの知能でもなかった。

そのため、同級生からバカにされ、からかわれることも多かったという。ソネちゃんもバカにされるのは嫌だったのだろう、次第に虚勢を張るようになる。

いかに自分の家が金持ちか、名士であるか、いかに自分が本当は凄い奴かなど。最初は尾ひれのついた自慢話に過ぎなかったが、だんだんと純粋な妄想を語るようになる。

するとますます同級生からからかわれる。

「ソネちゃんは1つ嘘つくたびに1つ10円ハゲが増えよる。じゃけぇ、ソネちゃんの頭はハゲだらけじゃ。」

 

高校卒業後、地元の工務店に就職する。就職と言っても、行けば日当貰える日雇いだ。

頑張って技術を習得するでもなく、ただ小間使いばかりで数年過ごした。後から入った若いのにドンドン立場を逆転される。ソネちゃんは酒の力を借りて傷ついたプライドをいたわった。

ソネちゃんは酒癖が悪かった。飲み屋に行っては女の子相手に、空想上の凄い自分のホラ話を吹きまくった。そばで聞いてた意地の悪い客が、嘘つきソネちゃんをからかう。勝てるわけのない相手に喧嘩してアザをこしらえることも多々あった。

二日酔いでアルコールが残った状態で仕事に出てくるのはまだマシな方で、朝目覚めてから1杯ひっかけて出てくることもある。昔は今と比べて飲酒運転に甘かったが、それでもこの状態で運転してくるのだから、いくら近所だからといっても危険だ。

コネで雇ったという事情から経営者もなかなか言い出しにくかったろうが、ようやくクビになった。

 

一時期、自動車整備工場に出ていたこともあったが、そこでも酒で失敗する。朝から飲んで出社したあげく、車を2台もつぶしてしまったのだ。

さすがに1カ月もたなかった。

 

ソネちゃんの話にはホラが多いが、ソネちゃんの家はかなりの地主なのは本当だった。時代が平成に入ってから、大型駐車場をもつスーパーやファミリーレストランが出店したが、その土地はソネちゃんの家が貸していたのは事実だ。

ただ、地主であるだけで、経営者やフランチャイジーではない。でもソネちゃんはそれらの店舗を「オレの店」と呼んでいた。

昼間、近所の商店経営者と顔を合わせると「今度オレの店で飲もうよ!オレ、タダだからさ!」と吹いた。おそらく地主さんへの季節の挨拶に食事券でも貰っていたのだろう。

ソネちゃんの家から歩いて15分位離れたところに24時間営業のファミリーレストランがある。そこで朝6時くらいから生ビールを飲むのがソネちゃんは好きだった。仕事に出ようという時間に、顔を赤くしたソネちゃんが帰るところに出くわすこともよくあった。

「今、オレの店で飲んできたとこ!今度一緒に行こうよ!」

実際そこはソネちゃんと全く関係のない、地主ですらない店だったが、ソネちゃんの中では「オレの店」になっていた。

 

そんな日々を積み重ねて、ソネちゃんは還暦を過ぎた。

ふっと、振り返って寂しかったり、悔しかったりするときもあったのだろう。

それを紛らわすために酒を飲む。癒しきれずに家で暴れるようになる。

同居する老いた母親もついに耐えられなくなり親戚に相談した。

 

ソネちゃんがアルコール依存症治療専門の病院に入って、もう5年近く経つ。