炭坑夫の末裔たち

かつて炭坑で賑わったまちの日常譚。飽くまでフィクション、です。

悪い奴・下

「悪いやつ・上」からのつづき

末中氏は病気を患ったようで、久しぶりに見かけたときはかなり衰えていた。岡森は「この人はワタシがいないと何にも出来ないから。」と言って、これ幸いと末中氏の生活に入り込んでいった。

すぐに岡森が末中氏の金銭を管理するようになった。

しばらくすると、各種支払いが滞るようになる。アパートの家主が催促して初めて岡森が家賃を支払っていないことに末中氏は気付く。

プロパンガスを供給する業者は数か月の滞納、催促の後、供給を停止した。末中氏と岡森は業者の事務所にやってきて逆切れした。

大家は同じ市内に住む連帯保証人である末中の元妻に連絡をとった。当初は保証人としての責任を果たそうとした元妻だったが、岡森が絡んでいると知るや態度を硬直させた。法的には連帯保証人の責任を問える状態であるが、元妻も決して裕福ではない ことが見て取れるし、岡森に対する感情も理解できなくはない。

大家は元妻に責任を求めることはあきらめた。

 

生活保護、年金は入ってくる。今まではこれで生活費を十分に賄えていた。

末中氏は特に贅沢をしているわけではない。岡森が用意する食べものはほとんどカップ麺だ。

それなのに、金は全然残っていない。蓄えも尽きた。

本来の生活費はどこへ消えたのか?岡森は何に金を使ったのか?

 

せめてもの抵抗、末中氏は毎月6日と偶数月の15日、生活保護・年金の支給日には岡森を避けるようになった。岡森に奪われる前にするべき支払いを済ませたいと考えたのかもしれない。

それでも岡森はしつこく現れた。

 

ある支給日、いつものように岡森が末中氏の部屋にやってきた。チャイムを押しても反応がない。合鍵で開けようとしたが、鍵が合わない。末中氏が岡森対策として鍵を変えたのだ。

岡森はすぐに市内の鍵屋へ赴き、「鍵をなくして部屋に入れなくなった」と嘘をつき開けさせようとした。しかし、このアパートの家主と面識ある鍵屋のご主人は不審に思い家主へ連絡したため、まずは阻止された。

そこで岡森は次の手段にでる。警察、消防署へ電話した。

「アパートに住む病人に会いに来たのだがチャイムを押しても反応がない。鍵もかかっている。きっと倒れているに違いない。もしかしたら死んでいるかもしれない。」

パトカー、救急車、そして大家が集まり、ドアを叩いた。

「末中さん!警察です、開けてください!」

ドアはすぐに開いた。

「お体は大丈夫ですか?」

「全然、大丈夫だ。」

すぐにドアは閉められた。

大家はもちろん、警察も岡森がどういう人物か知らないわけではない。端からこんな事だろうとは思っていた。

 

それから数カ月後、また同じようなことが起こった。だが少し違ったのは、今度は本当に末中氏が倒れていたことだ。

救急車ですぐに病院へ運ばれ、入院となった。

 

部屋に入った一同はベランダを見て驚いた。

紙オムツが干してあった。

一度使った紙オムツを、洗って使いまわしていたのだ。

吸水ポリマーが膨らみ、もうオムツとしての機能を果たし得ない状態のものを履いているのだ。

僅かな収入はオムツ代も残らないほどに岡森に吸い取られていた。

岡森はそのオムツ使いまわしについて知らないはずがない。それなのに、一同の前では末中氏に向かって猫なで声でこう言った。

「入院したらワタシが売店で新しいオムツ買ってあげるからね。」

 

数カ月後、末中氏は病院で亡くなった。葬儀は市が済ませた。

市の福祉課から末中氏の口座へ入院代などが振り込まれていたのだが、亡くなった時には空になっていた。調べたところ岡森が引き出していることが判った。

 入院中の費用は一切支払われていない。

遺品の処分など処理のために家主を交えて協議した際、市の福祉課職員は岡森に問うたが「全額オムツ代に使った」などトボケルばかりで、矛盾点を突っ込まれ都合が悪くなると黙りこんだと聞く。

 

元妻は当然のこと、息子たちも末中氏には関わりたくないという。息子たちは早くから相続放棄すると言っていた。

部屋に残された遺品、というよりガラクタを処分しなければならない。家主が業者に見積もりを依頼したところ、思ったよりも安く済みそうだ。遺品の中に買ったばかりの液晶テレビがあった。岡森が欲しくて末中氏の金で買ったに違いないモノだが、おそらくそれを転売できると踏んだ上での見積もりだろう。

後日、業者と一緒に部屋に入った大家は液晶テレビだけが持ち去られているのに気づいた。氏の入院中の世話をするという名目で、岡森は合鍵を作っている。岡森以外にこんなことができる人間は知らない。

気の毒なのはアテが外れた業者だ。業者の見積もりにはテレビのことは一切触れられていなかった。