炭坑夫の末裔たち

かつて炭坑で賑わったまちの日常譚。飽くまでフィクション、です。

宅配ピザ

このまちの人口は17万人ちょい。その割には多すぎるのではないかと思われる商売がいくつかある。整骨院、歯科医院、理容・美容院、スナック、ケーキ屋など。整骨院の多さはここがかつての炭坑町であったことの名残だろう。スナックの多さは、このまちには女性の社会進出の場が少ないことをうかがわせる。

 

一方、なんでこんなに少ないの?と思われるサービスもある。宅配ピザもその一つだった。

今でこそ、全国区のP社が進出しているが、それまでは地元独立系ピザ店が入れ替わり立ち替わりしながら、市内にほぼ2,3軒で推移していた。

 

5年くらい前に閉店したBという店はよく利用していた。場所はまちの真ん中に位置し、某大学キャンパスのすぐ横、学校内や近くの下宿などが主な得意先だったのだろうか。

おそらく学生を意識したのであろう、宅配ピザとしては安かった。Lサイズでもモノによっては1,000円切っていた。メニューもマルゲリータやミックスなど定番の他に、餅やらを使った和風のモノや、照り焼き風、お好み焼き風、などなど普通に充実していたが、どれも低めの価格だった。

 

今から20年くらい前だろうか、オープンして間もない頃に早速注文してみた。

家の前に止まったのはピザ屋のロゴが入ったホンダ・ジャイロではなく、白いスバル・サンバーのパネルトラックだったことが印象に残っている。

ピザ1枚運ぶには幾分と広すぎる荷室から商品を取りだしたのは、ピザ屋らしい若いお兄ちゃんではなく牟田悌三みたいなおじいちゃんだった。

アメリカンなデリバリーの雰囲気を出すためか、頭にキャップを被っていたが、どちらかというと青果市場にいる業者のように見えた。

 

その時頼んだピザは何だったのか記憶にはないが、ポスティングされていたチラシについていたチケットで貰ったフライドポテトの味は覚えている。

一口食べて「何か違う」と感じた。ふた口目、ゆっくり食べてみて判った。ポテトにふりかけられていたのは塩ではなく、アジシオだった。

この妙に和風で滋味なフライドポテトを頼んだのは、結局この時が最後となってしまった。